中萩小学校の歴史⑤
2020年4月23日 15時30分戦後、昭和22年(1947年)に、教育基本法と学校教育法が施行され、6・3・3・4制の教育制度の実施となりました。これによって、中萩国民学校が中萩町立中萩小学校になりました。
戦後は、生活物資が不足する苦しい世の中でしたが、新しい郷土づくりや文化振興を図ろうとする人々も増えてきました。その一つに、中萩町農産物品評会、児童作品発表会が行われ、町民は喜んで参加し町あげての大会となりました。これが、今日の中萩文化祭の発端でありました。戦後早くに町をあげてのこのような会を実行した所は、全国でも珍しかったそうです。
また、昭和24年(1949年)に、中萩父母と教師の会が結成されました。現在のPTAです。児童数:1340名
東川西岸から見た当時の中萩小学校
当時の学級写真